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昨年の4~6月にかけて母の日記を編集した時に、当時の自分が置かれた状況と母親の心境を重ね合わせてみようと考え、目次だけが残っている『落ち葉拾いの記』を書き写したものを一緒にファイルしました。その1 その2
以下は、その下に注釈的に書いた内容の写しです。 追記 addな日々のこと お試しショートステイ '09.12 特養600人待ち '11.1 震災後の変化 '11.3 新薬メマリー&アリセプト '11.9―11 帰宅願望と徘徊 '11.11 要介護3へ '11.12 '07.6リセットというのは、わたし自身がうつ状態になり精神科を受診したことです。初診で臨床心理士のカウンセリングを受け、今までの経緯を全て話すと共に、受容的なアドバイスもいくつかあって、安定剤デパスと漢方の胃腸薬を出され、うつ病ではなく適応障害というようなことで、大事には至りませんでした。 その後わたしもカウンセリングについて学び、'10.4月には家族相談士の資格を得ることができました。 本当に、おかげさまです。 '12.6.9 #
by kanak29
| 2013-06-19 09:45
| addな備忘録
義母の妄想はくりかえし何人もの男性が二階の部屋に上がって行くというもので「さっき、そこを通った」「背の低い男の人」など具体的ではあったが、実際に見えていたかどうかは定かでない。
夫が帰ってくると、ピタリとその話題は口に出さなくなるので、もしかして嫁のわたしに対する嫌がらせ?という疑いを持ち、打ち合わせしてあった夫に夕食の時さり気なく訊いてみた。 「なんか、さっきおばあちゃんが二階に知らない男の人がいたって言うんだけど、友だちとか来てた?わたし、ぜんぜん気が付かなくて^^;」「そんなの来るわけないだろ…」 そんな白々しい会話をしていたら義母はいきなり怒り出した。「わたしは、そんなこと一言も言ってないよ。何も『その人』に訊かなくってもいいじゃないの!」 さっき見たり言ったりしたことは忘れてしまうらしいけど、「そのこと」は忘れられないようで、毎日のようにわたしはその男の人たちについて訊かれ「この家は淫売宿ではないんだから」と説教(?)までされた。 義母は親友と呼んでいた人に「そのこと」を電話で(たぶん何度も)打ち明けて、たった一人の親友を失った。そしてわたしの実家に電話して「お宅は、どういう娘の育て方をしたんですか?説明して謝りに来なさい。」と言ったらしい。 その頃の義母は、順不同に箱に入った昔の写真を見ながら、父親と夫と息子の区別がつかなくなっていたようだ。三回結婚したことがあると、よく言っていた。わたしのことは「女中」と呼んでみたり、折り合いの悪かったという継母と人違いされてるような感じも時々あった。 義母の娘時代は、父親の仕事の接待なども自宅ですることが多かったと以前から聞いていたので、当時の記憶が混同されたのかも知れないし、後妻さんに父親を取られたという屈折した思いもあったかも知れない。もしかしたら義母自身が、戦前戦後の混乱の最中に何らかの形で性的虐待を受けた可能性もなくはない。本人は決してそんなこと認めないとは思うけど、わたしの母親をも含め、当時若かった女性の多くは、性的な抑圧や自らの性への蔑視を長い間ずっと引きずっているように見えるのだ。 #
by kanak29
| 2013-06-11 17:08
| addな備忘録
タイトルは『落葉拾いの記』2005年6月の目次で、日記を読んでいない人には「なんのこっちゃ?」だと思いますが、この件の詳細は家族にも何人かの友人や医師にも報告済みなので、ここでは要点だけ触れておきます。
妄想や暴言が一過性の認知症の周辺症状と言ってしまえば、そうなのかも知れませんが、わたしと義母との関係において、最大の『しこり』となっているのが、この部分ではないかと思います。恐らく母は亡くなる直前まで、そのことを気に病んでいただろうし、また後で書くかも知れませんが昨年の2月に義母が入院した時に「あれだけはどうしても赦す気になれない」と夫に話す機会があって、ようやく前に進む気持ちになれました。 介護保険の認定調査や、施設利用の申込書などで、たびたび「作り話をしますか?」という質問を受けましたが、その作り話も言われた人の立場や内容によっては笑い話になったり、逆に大きなダメージを与え人間関係を壊すこともあるわけで、一言で「はい」「いいえ」と答えるのには抵抗を感じていました。 #
by kanak29
| 2013-06-10 10:03
| addな備忘録
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by kanak29
| 2013-06-04 09:33
| ココロの季節風
ゴールデンウィークの最終日に、夫と二人で何度目かの義母の面会に行った。二年以上前からショートステイでお世話になっている施設なので、義母はすっかり馴染んで穏やかそうに見えた。
ただ、部屋まで案内してくれた受付の人が言うには「先日お姉さん一家が面会に見えた時、弟さんはどのくらいの頻度で面会に来ているか教えて欲しいと言われまして。ご家族の個人情報は教えられないと答えておきましたが、よろしかったでしょうか?」 夫がそれに答えて「ありがとうございます。いつもご迷惑をおかけしてすみません。これからもそのようにお願いできると助かります。」と言った後で、ぼそっと呟いたセリフ「まるでストーカーだな」 義姉は母親が特養に入ったこと自体が納得できず、施設にまで苦情を持ち込むモンスター的存在になりつつあるらしい。 同居していない人から見れば、いつも穏やかで相手を気遣い身体的には何の問題もない義母がなぜ特養(しかも評判が良くて600人待機)に入る必要があるのか不思議に思われるかも知れない。 二年前に初めて長期入所の申込みをしてから、一年後とその半年後に二度、申込書を書き直し、現在の義母の様子や対処法・困っていることを報告した。その中で決め手となったのは、昨年5月から夏中続いた徘徊であろうと思う。(夫は不眠・不整脈が悪化、わたしは体重が5kg減った) 昨年5月の最初に交番から夫の携帯に連絡が入ったのは義母の人生二度目の徘徊であり、一度目については11月に書くことにするが、そのどちらも義姉が関与していたと思う。 当時、月水金は心療内科のデイケアに通い火曜日は毎週のように義姉が訪問していた。あの日もわたしが仕事から帰って数十分階下にいた義姉は、義父の十三回忌の法事に親戚を呼ばなかったことで認知症の義母を激しい口調で責めていた。「もう!しっかりしなさいよ!」と義姉は言い捨て、乱暴にドアを閉めて帰っていった後で、義母はしばらく呆然と玄関に立ち尽くしていた。自分に夫がいたことも忘れてしまった母とそれを責め立てるばかりの姉では、法事の会食など無理だろうと判断したのは同居する長男であったのだが…。 翌日、義母は何事もなかったかのようにデイケアで過ごし、その翌日の木曜の昼頃なぜか乗ったタクシーで行き先が分らなくなって、偶然にも11月の時と同じ駅前の交番まで送っていただいたのだ。 夫からの連絡により、わたしが職場から義母を迎えに駆けつけた交番で、その運転手さんの携帯番号を聞いて、もう一度そのタクシーに義母と一緒に家まで乗せてもらい、往復の運賃を払ってお礼を言うことができた。運転手のお母さんも亡くなるまでに何度かそういう事があったので、他人事と思えなかったと言ってくださった。ここでも感謝!です。 #
by kanak29
| 2013-05-23 16:51
| addな備忘録
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